夏の「打ち水」は、道に水をまいて涼しくする昔からの知恵。
水が蒸発するときにまわりの熱をうばって、気温が少し下がります。

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お正月から大みそかまで、季節の行事と暦の豆知識を124こ集めました。気になったものは「出典」から元の資料も読めます。
みんなの「へぇ!」が10件たまるまでは、編集部のおすすめを出しています。
水が蒸発するときにまわりの熱をうばって、気温が少し下がります。
きゅうりの馬で早く帰ってきてもらい、なすの牛でゆっくり帰ってもらうという意味があります。
沖縄では1月ごろ、北海道では5月ごろに咲きます。
青(緑)・赤・黄・白・黒(紫)の5色で、童謡「たなばたさま」にも「五しきのたんざく」と歌われています。
毎年8月6日から8日まで行われ、豪華な吹き流しが町をかざります。
秋の収穫を祝い、悪い霊を追いはらう祭りが、のちにキリスト教の行事と結びついて広まりました。
アイルランドなどではカブをくりぬいていましたが、アメリカに伝わってかぼちゃが使われるようになりました。
子どもたちが仮装して家々を回り、お菓子をもらいます。
ただし聖書にイエスが生まれた日付は書かれておらず、12月25日に祝うようになったのは後の時代のことです。
昔の教会の暦では日没から1日が始まったため、24日の夜はすでにクリスマスの日の始まりでした。
4世紀ごろの司教で、貧しい家にこっそり金貨をめぐんだという言い伝えがもとになっています。
昔のサンタの服の色はいろいろでしたが、雑誌や飲み物の広告の絵で赤い服のサンタが広まったといわれます。
冬でも枯れない木は、永遠の命の象徴とされてきました。
大正時代に不二家がクリスマスケーキを売り出したことが始まりといわれます。
年神様という神様が迷わずに家に来られるように、玄関に門松をかざります。
昔の鏡は丸い銅鏡で、神様の宿るものとされていました。1月11日ごろに「鏡開き」をして食べます。
切るという言葉は縁を切ることにつながるので、末広がりの「開く」という言葉を使います。
数の子は子孫が増えるように、えびは腰が曲がるまで長生きできるように、などの意味があります。
年神様にそなえたおもちを家族に分けたのが始まりといわれ、のちにお金を配るようになりました。
富士山・鷹・なすの夢を見ると縁起がよいといわれます。理由にはいくつかの説があります。
節分は季節の分かれ目という意味で、立春・立夏・立秋・立冬の前の日がすべて節分です。今は立春の前の日だけが行事として残っています。
立春の日が年によって変わるため、2021年は2月2日、2025年も2月2日が節分でした。
生の豆は芽が出ることがあり、拾い忘れて芽が出ると縁起が悪いとされたため、炒った豆を使うといわれます。
1990年代以降、コンビニなどの販売で全国に広まりました。その年の恵方を向いてだまって食べます。
旧暦の3月3日ごろが桃の花の季節だったことから、そう呼ばれます。
「片づけができるきちんとした人に」というしつけの意味で言われるようになったといわれます。
ピンク・緑・黄・白などの色で、春夏秋冬を表すという説があります。関東と関西で味もちがいます。
1970年代後半から80年代に、お菓子の業界がお返しの日として広めました。
4月1日にうそをついてよいという習わしで、フランスの暦の変更が始まりという説などがありますが、確かではありません。
平安時代の貴族も桜を楽しみましたが、庶民の間で花見が広まったのは江戸時代で、徳川吉宗が桜の名所をつくりました。
江戸時代の終わりに江戸の染井村で売り出された品種で、全国に植えられました。
種からはソメイヨシノが育たないため、つぎ木で増やされ、どれも同じ遺伝子をもっています。そのため一斉に咲きます。
滝を登りきったコイが竜になるという中国の話から、子どもの出世を願って立てられます。
柏の木は新しい芽が出るまで古い葉が落ちないことから、家が続くことの象徴とされました。
20世紀のはじめ、アンナ・ジャービスという女性が亡くなった母をしのんでカーネーションを配ったのが始まりです。
アメリカのソノラ・スマート・ドッドという女性が、男手ひとつで育ててくれた父に感謝する日をつくろうと提案したのが始まりです。
梅の実が熟す時期の雨なので「梅雨」と書くようになったといわれます。
平賀源内が、夏に売れないうなぎ屋のために考えたという話が有名ですが、確かな証拠はありません。
立春・立夏・立秋・立冬の前のそれぞれ約18日間が土用です。
地域によって7月に行う所と8月に行う所があります。
きゅうりの馬で早く帰ってきてもらい、なすの牛でゆっくり帰ってもらうという意味があります。
お盆にもどってきた霊をなぐさめ、送り出すためのおどりが始まりといわれます。
日本の打ち上げ花火は球状に広がるように玉が作られています。
旧暦9月13日の月を「十三夜」といい、十五夜とあわせて両方見るのがよいとされました。
3歳・5歳・7歳の節目に神社にお参りします。千歳あめには長生きの願いがこめられています。
冬至(とうじ)と湯治(とうじ)をかけたり、ゆず(融通)がきくようにという語呂合わせがあるといわれます。
北半球では12月22日ごろで、この日から少しずつ昼が長くなっていきます。
108という数には、煩悩の数や、月・二十四節気・七十二候を足した数など、いくつかの説があります。
ただし実際には、日の出・日の入りの決め方などの関係で、昼の方が少し長くなります。
前の年の2月に、翌年の日付が官報で発表されます。
春分・秋分の日を真ん中にした7日間がお彼岸で、お墓参りをする習わしがあります。
同じようなお菓子ですが、春に咲く牡丹と秋に咲く萩にちなんで呼び名が変わります。
新米などを神様にそなえて感謝する宮中の行事の日で、戦後に勤労感謝の日になりました。
戦前は明治節という祝日でした。1946年に日本国憲法が公布された日でもあります。
1876年、明治天皇が灯台の船「明治丸」で横浜に帰ったことを記念したのが始まりです。
8月11日で、山に親しみ、山の恵みに感謝する日です。
連休にお客がたくさん入ったことから、映画会社が宣伝に使ったのが始まりとされます。
敬老の日や秋分の日がならぶ年に大型連休になり、そう呼ばれます。
1947年に兵庫県多可郡野間谷村で始まった行事が全国に広まり、国民の祝日になりました。
こよみでは6月11日ごろとされますが、実際の梅雨入りは気象庁が地域ごとに発表します。
5月2日ごろで、「夏も近づく八十八夜」と歌われます。この日につんだお茶は縁起がよいとされます。
立秋(8月7日ごろ)の前までが暑中見舞い、それ以降は残暑見舞いとして送ります。
お年玉付き年賀はがきが発売され、戦後の楽しみのひとつになりました。
中元は7月15日のこと。お世話になった人に夏と年末に贈り物をする習慣になりました。
「丑三つ時」は午前2時ごろ、「午前・午後」の「午」は正午のことです。
神様のもとへ集まる日をねずみが猫にうそを教えたという民話があります。
ベトナムでは卯年が猫年になっています。
十干と十二支の組み合わせは60通りあり、61歳(数え年)で生まれた年の干支にもどります。
年が明ける前に言うのは「よいお年を」です。
「旦」は地平線から日がのぼる様子を表していて、元旦は元日の朝という意味です。
それまでは1月15日でしたが、ハッピーマンデー制度で月曜日になりました。
気候がよく、農作業の合間にあたるなどの理由で、秋の行事として広まりました。最近は春に行う学校も増えています。
寒くなると葉の緑の色素がこわれ、かわりに赤い色素(アントシアニン)がつくられて赤くなります。
黄色の色素(カロテノイド)は夏の間もありますが、緑の色素にかくれて見えなかったのです。
はぎ・すすき・くず・なでしこ・おみなえし・ふじばかま・ききょうの7つで、万葉集の山上憶良の歌がもとになっています。
旧暦の10月(今の11月ごろ)を小春と呼んだことから、晩秋から初冬の暖かい日をいいます。
旧暦の5月は今の6月ごろにあたるため、もとは梅雨の時期の晴れ間をいう言葉でした。
秋から冬のはじめにふく、強い北風のその年最初のものを、気象庁がこの2つの地域で発表しています。
気象庁が地域ごとに条件を決めて発表しています。
2月4日ごろで、まだ寒い時期ですが、この日から春とされます。
こどもの日のころで、新緑が美しい季節です。
立秋を過ぎると、暑中見舞いは残暑見舞いになります。
このころから木枯らしがふき、冬の気配が感じられます。
1月20日ごろで、この時期の水でつくるみそやお酒はよいとされてきました。
沖縄では1月ごろ、北海道では5月ごろに咲きます。
沖縄のカンヒザクラは寒さで目覚めるため、北部の山から先に咲き始めます。
春の暖かさの中で、一時的にもどる寒さを表す言葉です。
6月ごろ日本付近にとどまり、長い雨を降らせます。
梅雨前線が北海道まで届く前に消えることが多いためです。
雷や夕立を起こすことがあり、大きな坊主頭のように見えることから入道雲と呼ばれます。
小さな雲のかたまりが群れのようにならんだ巻積雲です。
虫の鳴き声を季節の音として味わう文化があります。
気象台が観測して発表します。富士山の「初冠雪」は山頂が初めて白くなることです。
道路から地下水をまいて雪をとかすしくみで、新潟県で生まれました。
今では世界中から観光客が来る大きなお祭りです。
門松やしめかざりを燃やし、その火で焼いたおもちを食べると1年元気でいられるといわれます。
1月2日に行うのがならわしで、書いたものはどんど焼きで燃やすと字が上手になるといわれます。
毎年三が日に多くの参拝者がおとずれます。
おみくじの吉凶の割合は神社やお寺ごとに決められていて、決まった割合はありません。
悪い結果を結んで置いていくという意味もあるといわれます。
神様に馬をささげる習わしが、馬の絵をかいた板に変わったといわれます。
数え年で数えることが多く、地域や神社によってちがいがあります。
1月10日を中心に、えびす様をまつる神社で行われます。「商売繁盛で笹持ってこい」のかけ声が有名です。
2月最初の午の日に、いなりずしを食べる地域もあります。
ひな祭りと同じ日で、耳の健康を考える日として決められました。
甘茶をお釈迦さまの像にかける行事が、お寺で行われます。
水が蒸発するときにまわりの熱をうばって、気温が少し下がります。
江戸風鈴や南部風鈴など、ガラスや鉄でできた風鈴があります。
うずまきにすると、短い場所でも長い線香になり、ひと晩燃え続けます。
大きな武者の灯籠を山車にのせてねり歩きます。弘前では「ねぷた」と呼びます。
7月の1か月間さまざまな行事があり、山鉾巡行がいちばんの見どころです。
山に「大」の字などの火をともし、ご先祖の霊を送ります。
商売繁盛を願って、縁起物の熊手を買います。
12月13日ごろ、1年のほこりをはらって新年の神様をむかえる準備をします。
半年分の罪やけがれをはらう神社の行事で、6月は「夏越の祓」と呼ばれ、茅の輪くぐりをします。
京都などで6月30日に食べる、三角形の外郎に小豆をのせたお菓子です。
関東では柏もちが多く、関西ではちまきが多いといわれます。
月の満ち欠けによるこよみで決まるため、1月下旬から2月中旬の間で変わります。
そこから6月の花嫁を「ジューン・ブライド」と呼び、6月に結婚すると幸せになれると言われています。
雨の多い6月は結婚式が少なかったため、ブライダル業界が広めはじめたとされています。
一番下は披露宴の出席者に、中段は来られなかった人に後日配り、最上段は結婚1周年か最初の子の誕生のときに食べるとされています。
式のあとに取りくずして、出席した人たちに配ります。
ただ、心臓に直接つながる「愛の静脈」には解剖学的な根拠はないとされ、薬指は大切な指輪を傷めにくい指だから、という考え方もあります。
1904年(明治37年)に、初めての結婚指輪の広告が新聞にのってから広まったとされています。
結び直しができないので、「二度とくり返さないように」という意味で婚礼に使われるとされています。何度あってもよいお祝いには、ほどける蝶結びを使います。
いまは披露宴の記念品の意味が強く、出席した人に配られます。
結婚式が洋式になるとともに、花嫁が花束を持つようになりました。